とある数学徒のひとりごと

ゆるく, しかし粘り強い思考を求めて

この道ダメならどうすれば...

今日は大学に行き、院生室でくつろいでいました。

結構べたべたしてたので、めちゃくちゃ拭きました。あんなに拭いたのは、小学生の頃の給食で各児童の机を拭いたとき以来ですね。

そのあとは、ゼミに参加したり、教授との面談的なことをやったりしていました。

学部の時とは違って、ゼミのスピードが速いというか、仮定していいことが増えたような気がします。

4年生の時のゼミでは、何から何まで全部(位相空間の連結性とか、関数解析のかなり基本的な事実の証明まで)黒板で証明していたものですから、当時ゼミを見てくださった先輩からは、進みが遅いなぁとゼミの回数が増えたりしたものです。

1から10まで説明するのは案外簡単なのかもしれませんね。

短い時間で5から8くらいまでを説明するのが、ちょうどいいというかそういうのが学問での研究発表な気がします。

全部話すんじゃあ、考える余地がなくなってしまう、だから新しいものが引き出せなくなる。そういった落としどころのようなものを作って発表できるようになりたいものです。

そのような発表ができなかった数年前までは(今も大してうまくできませんが)、アカデミックの世界に残れなかったら、もう居場所はないんだとか思ってすごく悲観的になっていましたね。

なんだか、偏屈な考え方をしていました。

研究者じゃなきゃ馬鹿なんだとか、社会に不要な人間なんだとか。

すごく過激派でしたね(笑)。

今はもう、なれたらいいけど、もしだめだとしても別の道があるさと思えるようになってきました。

というよりも、そんなに根詰めることにつかれたのもあるのでしょうけれど。

ただ単に自分の気になることをやっていって、その先どうなるか、それくらいにとらえています。

他の道が完全に整備されているわけでもないのですがね。結局、アカデミックな世界の方に依っていくことにはなるのでしょう。

駅から自宅への帰り道で、目の前にカップルが同じ方向に歩いているときに、一人孤独に歩いているときの悔しさ、情けなさのようなものは数学に関しては薄れてきたようです。

あの道は一本道だったけど、数学はいろいろと脇道にそれて楽しめるようです。